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ハラスメントの相談を受けたら、院長は何から動く?——ヒアリングの順番と、医院だけにある3つの壁

2026/09/23

ハラスメントの相談を受けたら、院長は何から動く?——ヒアリングの順番と、医院だけにある3つの壁

「昨日、スタッフから相談を受けたんです。これはハラスメントだと思う、と。……で、私は何から手をつければいいんでしょうか」

院長先生からこう聞かれることが、ほんとうに増えました。令和8年10月1日から相談窓口の整備が全事業主の義務になったので、これからもっと増えると思います。

正直に申し上げると、この場面で院長先生を困らせているのは「何をすべきか分からない」ことではありません。順番が分からないことです。やるべきことは厚生労働省の指針にひととおり書かれているのですが、どれを先にやるかは書かれていません。そして順番を間違えると、対応したこと自体が新しい問題になります。

そこでこのコラムでは、相談を受けた日から再発防止までの流れを、順番どおりに並べました。そのまま手順書として使っていただけます。

⚠️ 迷っている間にも、相談者はつらくなっていきます

先に一番大事なことをお伝えします。相談を受けたのに院が動かない状態が続くこと自体が、相談者をさらに追い詰めます。勇気を出して言ったのに何も変わらない——この時間が、もとの言動と同じくらい人を消耗させます。

「どう動けばいいか分からないから、少し様子を見よう」がいちばん危険です。分からないときは、止まるのではなく社会保険労務士などの専門家に聞きながら、その週のうちに動き出してください。正しい手順を自分で調べ終えてから動く必要はありません。

このコラムで扱う内容

  • 相談を受けてから再発防止までの全体の流れ(そのまま使える10ステップ)
  • ヒアリングは誰から、どの順番で聞くのか
  • 医院・施設だけにある3つの壁——第三者がいない/配置転換先がない/行為者が代替不能
  • 事実が確認できなかったとき、どうするのか
  • 処分を決める前に必ず確認すること
  • 窓口を作ったあとに残る責任(最高裁の判断)

📌 結論を先に

順番は「相談者 → (了解を取る)→ 行為者 → 必要なら第三者 → 評価 → 措置 → 両者への説明 → 再発防止 → その後のフォロー」です。この順番を飛ばさないことが、いちばんの安全策です。

そして医院・施設で必ず詰まるのは、指針が例示している措置が人数と代替要員がある職場を前提にしている点です。第三者がいない、配置転換先がない、行為者を休ませると診療が止まる。この3つには、それぞれ別の打ち手があります。

全体の流れはどうなる?

まず全体像です。下の順番で進めます。日数は法律で決まっているものではなく、実務としての目安です。

STEP 1|受け付けたその日
日常業務の相談か、ハラスメントの相談かを切り分ける。相談者の希望を聞き、言葉のまま記録する。いつまでに何をするか伝える

▼

STEP 2|相談者ヒアリング(当日〜3日以内)
いつ・どこで・誰が・何を・どのくらいの頻度で。評価は加えず、事実だけを聞き取る

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STEP 3|行為者に聞く前に、相談者の了解を取る
相手に確認すれば、誰からの申出かは実質的に伝わる。それを説明し、進めてよいか確認する。ここを飛ばすのが最大の失敗

▼

STEP 4|行為者ヒアリング(1週間以内)
決めつけずに「こういう申出があったので確認したい」と伝える。反論もそのまま記録する

▼

STEP 5|必要なら第三者ヒアリング
双方の話が食い違い、事実確認が十分にできない場合に行う(→ 医院の壁①)

▼

STEP 6|事実を評価して、3つに分ける

Ⓐ 事実が認められる / Ⓑ 確認できない / Ⓒ 誤解だった

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STEP 7|措置を決める
被害を受けた側への配慮の措置(→ 壁②)と、行為者への措置(→ 壁③)。処分の前に就業規則を確認する

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STEP 8|双方に結果を説明する
相談者にも、行為者とされた人にも説明する。ここを省くと「何もしてくれなかった」になる

▼

STEP 9|再発防止
方針を改めて全員に周知する。研修をやり直す。個別の事案に触れずに実施できる

▼

STEP 10|その後のフォロー(1〜3か月後)
相談したことで不利になっていないか確認する。ここまでやって一区切り

一覧で確認したいときは、こちらの表をお使いください。

ステップ やること 目安
1 受付 切り分け・希望の確認・記録・予定を伝える 当日
2 相談者ヒアリング 5W1H・頻度・見ていた人・希望・残っている記録 3日以内
3 了解取り 名前が伝わることを説明し、進めてよいか確認 4の前に必ず
4 行為者ヒアリング 申出の内容を伝えて確認。反論も記録 1週間以内
5 第三者ヒアリング 食い違いが残る場合のみ 必要に応じて
6 評価 事実あり/確認できない/誤解、の3つに分ける 2週間以内
7 措置 被害を受けた側への配慮/行為者への措置 評価後すみやかに
8 説明 双方に結果と院の対応を伝える 措置と同時
9 再発防止 方針の再周知・研修の再実施 1か月以内
10 フォロー 不利益な扱いが生じていないか確認 1〜3か月後

なお、そもそもこれがハラスメントの相談なのか、日常業務についての相談なのかという切り分けは、対応がまるごと変わる分かれ道です。そこは「院長先生、私が言ったって言わないでくださいね」——スタッフから他のスタッフの問題を打ち明けられたとき、院長が最初にすべき3つのことで詳しく書いています。相談を受けた瞬間の判断に迷ったら、先にそちらをご覧ください。

ヒアリングは誰から聞く?

相談してきた本人からです。次に行為者とされた人、必要なら第三者。この順番は変えません。指針でも、相談窓口の担当者や人事部門などが相談者及び行為者の双方から事実関係を確認することとされています。

相談者から聞くこと

聞くのは事実です。いつ、どこで、誰が、何を言った・したか。どのくらいの頻度か。その場に誰かいたか。手元に残っているもの(メモ、メッセージ、シフト表、勤務記録)があるか。そして本人がどうしたいか。

ここで大事なのは、院長が評価を口にしないことです。「それはパワハラですね」も言わない、「気にしすぎでは」も言わない。どちらも、後で事実確認の結果と食い違ったときに立場を危うくします。指針も、相談者の心身の状況や受け止め方に適切に配慮することを求めています。聞く側の仕事は、判定ではなく記録です。

⚠️ 「気にしすぎじゃない?」の一言が、争いの対象になります

相談を受けた側のこの一言そのものを理由に、労働局のあっせんに申し立てられた例があります。もとの言動ではなく、相談したときの受け止められ方が申立ての理由になる、ということです。励ますつもりで言っても、相談者には「取り合ってもらえなかった」と受け取られます。感想を返したくなったら、代わりに「話してくれてありがとうございます。確認させてください」と返してください。

📌 様式は自分で作らなくて大丈夫です

厚生労働省のポータルサイト「あかるい職場応援団」で、そのまま使える様式が無償で公開されています。

  • 相談受付票——相談者から聞き取るときの記録用紙
  • 行為者聞き取り票——行為者とされた人に確認するときの記録用紙
  • アンケート例/アンケート実施マニュアル——職場全体の実態を把握するとき用
  • 管理職向け・労働者向けの研修資料(PowerPoint形式)——再発防止の研修にそのまま使えます

あかるい職場応援団 資料ダウンロード/院の実情に合わせた項目の足し引きは、ご相談ください。

行為者に聞く前にやっておくこと

2つあります。ひとつは相談者の了解、もうひとつは時系列の整理です。

行為者に「いつ、誰に対して、どういう言動があったか」を確認しなければ、相手は何の話か分かりません。つまりこの段階で、誰からの申出かは実質的に伝わります。ですから聞く前に、相談者にそれを説明して了解を得ます。

⚠️ 勢いで呼び出して聞かない

相談を受けたその日に行為者を呼んで「Cさんにああいう態度をとったのは、なぜですか?」と聞いてしまう——これがいちばん多い失敗です。早く解決したいからこそ起きます。けれども相談者からすれば「言わないでほしいとお願いしたのに」で、二度と相談は来なくなります。名前が伝わる段階に入る前に、必ずいったん止めてください。

⚠️ 幹部に「こんなことがあったの知ってた? どう思う?」と聞くのもNGです

行為者本人ではなく、周りの管理職や役員に意見を求めてしまうケースもよく聞きます。相談してよいものか迷ったときに、つい身近な立場の人へ話してしまうのです。医院なら、事務長や配偶者、勤続の長いチーフに相談する形がこれにあたります。

けれども、相談者の了解なく情報を共有した時点で、プライバシー保護の面では同じことです。しかも人数が少ない職場では、聞かされた側がすぐ「あの人のことだな」と分かります。情報を共有する相手と範囲は、相談者の了解を得たうえで、対応に必要な人だけに限ってください。迷ったときに相談する先は、院内の誰かではなく、守秘義務のある外部の専門家です。

時系列の整理も先に済ませます。相談者の話を日付順に並べ、確認したい項目を書き出しておく。準備なしで聞くと、話が「言った・言わない」の応酬になって終わります。

行為者への聞き方

入り方は「こういう申出がありました。事実かどうかを確認させてください」です。決めつけて始めると、その後の関係が修復できなくなります。この段階では、行為者とされた人もまだ事実確認の対象にすぎません。先に不利益な扱い(担当を外す、シフトを減らす)を与えるのは避けてください。

反論が出たら、それも言葉のまま記録します。院長の解釈を混ぜずに残すことが、あとで効いてきます。

聞く場所と時間も配慮が必要です。院内で他のスタッフの目に入る場所は避け、診療時間外に設定します。小さな医院では「院長室に呼ばれた」だけで話が広がります。

💡 「他の人に話さないで」は伝えてよい。「黙っていろ」はNG

プライバシー保護のために、聞いた内容を院内で話さないよう双方に伝えるのは適切な対応です。一方で、相談者を探させるような言い方や、申出をしたことを責める言い方は避けてください。指針は、相談したことや事実確認に協力したことを理由に不利益な取扱いをしてはならないと定めています。

医院の壁①——第三者がいないときは?

双方の話が食い違ったら、指針は第三者からも事実関係を聴取する等の措置を講ずることを求めています。ただし、これは第三者がいる職場の話です。

スタッフ8人の医院で、当事者2人を除いた6人のうち、その場面に居合わせた人が1人もいないことは普通にあります。介護施設の夜勤帯なら、そもそもその2人しかいません。訪問診療・訪問看護の車内での言動なら、第三者は存在しません。いたとしても、全員が日常的に一緒に働いている利害関係者です。

それでも、判断材料はあります。2つの方向から詰めていきます。

ひとつは、周辺の記録から詰めること

シフト表、勤務記録、申し送りノート、患者さんの予約状況。直接の目撃者がいなくても、「その日その時間に2人が同じ場所にいた」ことや、前後の様子は裏づけられます。医療機関・介護施設は記録が多く残る職場なので、ここは一般企業より有利です。

また、その場面を見ていなくても、周辺のスタッフから「最近この2人の様子はどうですか」と聞くことはできます。直接の目撃証言でなくても、雰囲気や日頃のやり取りの話は判断の材料になります。

もうひとつは、どちらの話が信用できるかを見ること

証拠がそろわない場面では、話の信ぴょう性そのものが判断材料になります。見るポイントは次のあたりです。

  • 具体性があるか——日時、場所、言われた言葉、その場の状況まで細かく語れるか。実際に経験していないと出てこない細部があるか
  • 話が変わっていないか——1回目と2回目で内容が食い違っていないか。核心部分が揺れていないか
  • 記録や他の人の話と合うか——シフトや勤務記録と矛盾していないか
  • 日頃の言動——普段から正確に話す人か、誇張が多い人か。院長先生が日常的に見てきたことも、材料のひとつです
  • なぜ今言いに来たのか——我慢が限界にきた、同じことが繰り返された、など理由が説明できるか

💡 ただし「あの人はそんなことを言う人じゃない」で決めない

日頃の印象は材料のひとつですが、それだけで決めると危険です。院長先生の前でよく働く人が、ほかのスタッフに対して違う顔を見せていることは珍しくありません。印象ではなく、具体性・一貫性・記録との整合という順で見てください。そのうえで日頃の言動を添える、という順序です。

💡 実際の相談でも、ここがいちばん多い行き止まりです

「両方から聞いたけれど、話が正反対で決められない」。院長先生がここで止まってしまい、結果的に何もしないまま数か月が過ぎる——これが一番危ない形です。決められないこと自体は珍しくありません。決められないときに何をするかを、先に決めておくことが対策になります。

医院の壁②——配置転換先がないときは?

被害を受けた側への配慮として、指針は関係改善の援助、配置転換、謝罪、労働条件上の不利益の回復、メンタルヘルス相談への対応などを例示しています。このうち配置転換が、医院ではほぼ使えません。

診療室が1つ、フロアが1つ、受付が1か所。異動させる先がないのです。分院があれば移せますが、通勤の問題が出ますし、そもそも被害を受けた側を動かすのは筋が違います。

では何ができるか。「場所を分ける」のではなく「接点を減らす」と考えると、打ち手が出てきます。

  • シフトの組み方を変える——同じ時間帯に2人だけにならないよう組む。夜勤や早番の組み合わせを見直す
  • 担当を分ける——同じ患者さん・同じ処置に2人で入る形を避ける。訪問の同行の組み合わせを変える
  • 指示の経路を変える——行為者を通さずに院長や他のスタッフから指示が届くようにする。上下関係が言動の背景にある場合はこれが効きます
  • 申し送りの方法を変える——口頭のやり取りをノートやチャットに置き換える。記録も残ります
  • 休憩の時間帯を分ける——狭い休憩室で2人になる時間をなくす。診療の都合で時間帯をずらせないときは、休憩室以外でも休める場所を用意する。空いている診察室や相談室、面談スペースを開放するだけでも、逃げ場ができます

どれも小さな変更ですが、被害を受けた側の負担はかなり変わります。そして、これを不利益な変更にしないことが条件です。シフトを分けた結果、その人の勤務日数や収入が減ったのでは、配慮ではなく不利益な取扱いになってしまいます。

医院の壁③——行為者が代替不能なときは?

これがいちばん重い壁です。行為者とされた人が、唯一の常勤看護師だったら。ベテランの歯科衛生士で、その人が抜けると予約を回せないとしたら。介護施設で、夜勤に入れる数少ない職員だったら。

出勤停止にすれば診療や入居者の生活が止まります。かといって何もしなければ、被害を受けたスタッフが辞めます。「懲戒に値するが、止められない」——一般企業向けのコラムには出てこない、医院・施設に固有のジレンマです。

考え方としては、次の順序で整理します。

  1. まず、事実の重さで線を引く。身体的な攻撃、脅迫、性的な言動、患者さんの安全に関わる行為は、事業の都合で扱いを軽くできる性質のものではありません。ここに該当するなら、代替不能であることは考慮の対象になりません
  2. 次に、懲戒以外の措置を検討する。指針は行為者への措置として、懲戒のほかに関係改善の援助や配置転換も挙げています。指導・注意、業務上の権限の見直し(指示系統から外す)、研修の受講、行動の記録と一定期間の観察といった選択肢があります
  3. そして、代替不能そのものを解消しにかかる。1人しかいないから処分できない、という状態は、ハラスメント以前に経営のリスクです。その人が急に退職したら同じことが起きます

⚠️ 「あの人がいないと回らないから」で止めると、次に辞めるのは被害を受けた側です

経営者目線では、目の前の診療を止められないのは当然の判断です。ただ、スタッフ側から見ると「院長はあの人を守った」という結論になります。有資格者の採用が難しい時代に、辞めていくのが被害を受けた側だというのは、いちばん高くつく結末です。

処分を決める前に確認することは?

就業規則です。指針が行為者への措置として挙げているのは「就業規則に基づく懲戒その他の措置」。つまり、規則に定めがなければ懲戒はできません。

確認したいのは3点です。懲戒の種類が定められているか。ハラスメントが懲戒の事由として書かれているか。そして、その就業規則が現在のスタッフに周知されているか。作ったけれど配っていない、更新していない、というケースは実際に多いです。

よく誤解されるのですが、懲戒の「手続き」まで就業規則に定めておく必要はありません。規則に書いていなくても懲戒はできます。手続きは、規則に定めがあるかどうかではなく、実際にその手順を踏んだかどうかが問われる話です。

処分の重さも、事実の内容に見合っている必要があります。1回の言動でいきなり重い処分をすると、処分そのものが争われます。逆に、繰り返されているのに口頭注意だけで済ませていると、院として対応していないことになります。

⚠️ 懲戒は、手順を間違えると無効になります

労働契約法15条は、懲戒が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利を濫用したものとして無効と定めています。内容が正しくても、進め方を飛ばすと処分そのものが覆るということです。

つまずきやすいのは、本人に弁明の機会を与えずに処分を決めてしまうケースです。口頭で話は聞いたけれど、何をどう説明してもらい、それをどう検討したのかが何も残っていない——これでは「機会を与えた」と説明できません。弁明の機会をどういう書式で設けて、どう記録に残すかが、実際には効いてきます。

ほかにも、同じ行為に二重に処分する、過去に不問にしてきた行為を急に処分する、同じことをした人によって扱いが違う——このあたりが争いの火種になります。

懲戒の進め方と必要な書式については、別のコラムで改めて詳しく取り上げます。それまでの間、処分を考える段階に入ったら、決める前にご相談ください。決めてから相談されると、取り消すところから始めることになります。

事実が確認できなかったら、なかったことにする?

いいえ。事実が認められなかった場合と、確認できなかった場合は別に扱います。そして、どちらでもやることが残ります。

評価 やること
Ⓐ 事実が認められる 被害を受けた側への配慮、行為者への措置、双方への説明、再発防止
Ⓑ 確認できない 行為者への処分はしない。ただし接点を減らす配慮は行う。院全体への方針の再周知を行う。そして確認した経過を記録に残す
Ⓒ 誤解だった 双方に説明し、関係改善の援助を行う。相談者を責めない

Ⓑでいちばん大事なのは、「確認できなかった」と相談者にきちんと伝えることです。黙って終わると、相談者には「何もしてくれなかった」としか見えません。何を確認し、なぜ判断できなかったのか、そのうえで院として何をするのかを説明します。

そしてⒷとⒸでも、再発防止の措置はできます。個別の事案に触れず、方針の再周知や研修として実施すれば、誰かを名指しすることになりません。

「何もしないでほしい、聞いてほしかっただけ」と言われたら?

この申し出も少なくありません。事を荒立てたくない、自分が言ったと知られたくない、でも聞いてほしかった。院長としては、本人がそう言うのだからと預かって終わりにしたくなります。

ただ、内容が身体的な攻撃や脅迫、性的な言動、患者さんの安全に関わるものであれば、本人の希望だけで止めることはできません。そこまでではない場合も、「何もしない」と「調査をしない」は別です。調査はしなくても、再発防止のためにできることが残っています。

個人を特定しないアンケートという方法

いちばん使いやすいのが、職場全体へのアンケートです。特定の誰かを調べるのではなく、院全体の実態を把握する形にすれば、相談者が特定されません。しかも、これ自体が指針でいう再発防止の措置になります。

進め方のコツは3つです。

  • 相談を受けた直後に実施しない。タイミングで情報源が割れます。年1回の定例として位置づけるか、少し間を置いてから行います
  • 無記名にして、回収方法も工夫する。院長に直接手渡す形だと本音は出ません。封筒での回収や、外部の窓口経由にします
  • 結果は必ず職場に返す。集計して終わりでは次から誰も書きません。「こういう声があったので、この手順を変えます」まで伝えます

アンケートの様式と実施マニュアルは、先ほどのあかるい職場応援団に用意されています。一から作る必要はありません。

そして、預かると決めた場合でも記録は必ず残してください。「いつ、誰から、どういう相談があり、本人の希望を踏まえてこう判断した」。これがないと、後から「相談したのに何もしてもらえなかった」となったときに、説明できるものが何も残りません。

窓口を作ったら、それで終わり?

終わりではありません。むしろ、作ったあとが本番です。相談窓口を設けて申出を受ける体制にした場合、その申出への対応が問われることがあります。

最高裁は平成30年2月15日の判決(イビデン事件)で、相談窓口を設けた会社について、申出をした者に対し、整備された仕組みの内容や当該申出に係る相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があるという枠組みを示しました。この事案自体では、申出の内容が職務執行と関係がないこと、退職後の事業場外での行為であること、8か月以上が経過していることなどから、義務違反は認められていません。

つまり、窓口を掲示したこと自体が責任を生むわけではありませんが、受けた申出の内容に応じて、どう対応したかは見られるということです。令和8年10月1日からカスタマーハラスメント対策と求職者等に対するセクシュアルハラスメント防止が義務化され、相談窓口の整備が全事業主に求められるようになりました。窓口を作った以上、受けたあとの流れまで決めておく必要があります。

なお、患者さんやご家族からの著しい迷惑行為は、スタッフ間のハラスメントとは別のルートで対応します。こちらは【令和8年10月1日義務化】値上げできないクリニックこそ、接遇とカスハラ対策に投資すべき理由で解説しています。

こんな医院は要注意

  • 相談窓口を掲示しているが、受けたあとの流れを決めていない
  • ヒアリングの記録を残しておらず、院長の記憶だけで進めている
  • 行為者に聞く前に相談者の了解を取る手順がない
  • 「両方から聞いたが分からない」で止まったまま、数か月が経っている
  • 就業規則に懲戒の定めがない、または現在のスタッフに周知されていない
  • 相談の受け皿が院長1人で、院長自身のことは誰も持ち込めない
  • 1人しかできない業務があり、その人を処分できない構造になっている

順番が決まっていれば、怖くない

ここまで読むと大変な作業のように見えるかもしれませんが、実際に動くのは、相談者と行為者から話を聞いて、評価して、措置を決めて、双方に説明する——これだけです。大変に見えるのは、順番が決まっていないからです。

逆に言えば、この流れを一度決めて紙にしておけば、次に相談が来たときは手順をたどるだけになります。院長先生が判断に迷う時間が減り、スタッフから見ても「うちの院はちゃんと動く」という信頼になります。

そして、判断に迷う場面は必ず出ます。そのときは動く前にご相談ください。「まあ、様子を見ましょう」「時間が解決しますよ」という助言では、この局面は乗り切れません。ハラスメントの相談を受けた以上、様子を見ていた期間は「相談を受けたのに何もしなかった期間」として残ってしまいます。

よくある質問

相談者が「調査はしないでほしい」と言っています。

内容によります。関係を悪化させたくないという気持ちは当然ですが、身体的な攻撃、脅迫、性的な言動、患者さんの安全に関わる行為であれば、院として確認しないという判断はできません。その場合は「確認が必要な内容なので進めます。進め方は一緒に決めましょう」と伝えます。そこまで至らない段階なら、接点を減らす配慮を先に行い、経過を観察する形も取れます。

院長自身が行為者だと指摘されたら?

指摘された本人が事実を判定する立場も兼ねるのは、どうしても無理が出ます。ですから、顧問の社会保険労務士や外部の相談窓口に受付から事実確認までを任せられるなら、それが一番すっきりします。小規模な医院・施設ほど、外部窓口を先に用意しておく意味が大きいのはこの理由です。

ただ、外部に出すのが唯一の正解というわけではありません。事情によっては、院長先生ご自身ができる限りのことをする、という対応でも構いません。大事なのは、放置しないことです。否定から入らずに話を最後まで聞く。言われた内容を記録する。心当たりがあれば言動を改め、必要なら謝る。そのうえで、同じことが起きない形(指示の出し方、伝え方のルール)を院として決める。

完璧な第三者調査でなくても、聞いた・受け止めた・改めた・記録したという事実が残っていることに意味があります。判断に迷う部分だけ外部に相談する、という組み合わせでも十分です。

ヒアリングの記録はどう残す?

日付、場所、同席者、聞いた内容を、話された言葉のまま残します。院長の解釈は分けて書いてください。保管場所も重要です。他のスタッフが触る共用パソコンや、院内の誰でも開ける場所には置かないようにしてください。名前を伏せても、記録から漏れれば同じことになります。

当事者どちらかが退職してしまったら?

退職しても、再発防止の措置は残ります。同じことが繰り返される職場の構造が変わっていなければ、次の人が同じ目に遭います。方針の再周知と、必要なら業務のやり方の見直しまで行ってください。また、退職した側から後日申し立てがなされることもあるため、記録は保管しておきます。

スタッフが数人しかいません。ここまでやる必要がありますか?

パワーハラスメント・セクシュアルハラスメントの防止措置は、規模を問わず全事業主の義務です。人数が少ないことによる猶予はありません。ただ、人数が少ない職場ほど院内だけで完結させるのが難しいので、外部の窓口や専門家と組む形で体制を作るほうが現実的です。

ご相談はお気軽に

「相談を受けたが、この先どう進めればいいか分からない」「ヒアリングに立ち会ってほしい」「処分を決める前に相談したい」「相談窓口を外部に置きたい」「受けたあとの流れを文書にしておきたい」

そんなお悩みがあれば、ぜひTOMOE社会保険労務士事務所にご相談ください。栃木県小山市を拠点に、歯科医院・クリニック・薬局など医療機関や介護施設の労務課題に数多く対応してきた実績があります。ハラスメント相談窓口の受託、受付後の対応手順の整備、就業規則の懲戒規定の見直し、スタッフ向けの研修まで、貴院・貴社の体制に合わせて丁寧に伴走させていただきます。

動く前にご相談いただくのが、いちばんの安心材料です。


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参考資料・出典

※本記事は2026年9月時点の情報をもとに作成しています。最新の情報は厚生労働省ホームページをご確認ください。個別の事案の判断については、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。