2026/10/16
朝7時、院長先生のスマートフォンが鳴ります。
「先生、すみません…昨夜から38度出ていて、さっき受診したらインフルエンザでした」
その翌日には別のスタッフから「子どもがインフルになって…私は元気なんですが、出勤していいですか?」。さらに、微熱があるのに「人が足りないので大丈夫です」とマスク姿で出てきたスタッフもいる。冬の医院では、こんな場面が一気に重なりますよね。
そして後から必ず出てくるのが、「休んだ日の給料、どうすればいいの?」という疑問です。
このコラムでわかること
📌 結論を先に
分かれ目は「誰の判断で休んだか」です。
医療機関や介護施設は、院内感染を防ぐために「念のため休んで」の範囲が一般企業より広くなりがちです。そのぶん休業手当が必要になる場面も多い、という構造を押さえておくと判断がぶれません。
結論から言うと、当時と今では前提がまったく違います。コロナの経験を基準に考えると判断を誤りやすいので、最初に整理しておきます。
新型コロナが感染症法上いわゆる「2類相当」だった時期は、感染した人に感染症法18条にもとづく就業制限がかかっていました。法律で働くことが禁じられている状態ですから、院の都合による休業ではありません。そのため、休業手当は不要と整理されていました。
ところが、令和5年5月8日に5類へ移行してからは、法律上の就業制限はなくなりました。インフルエンザも同じく5類で、法律による就業制限はありません。つまり今は、「休む・休ませる」の判断を誰がしたかで、給料の扱いが変わるのです。
| 項目 | コロナ(2類相当の時期) | 今のコロナ・インフルエンザ(5類) |
|---|---|---|
| 法律上の就業制限 | あり(感染症法18条) | なし |
| 休むかどうかを決めるのは | 法律 | 本人と医師、または院 |
| 本人が感染して休んだ日 | 休業手当は不要 | 通常の病欠として扱う(休業手当は不要) |
| 院の判断で休ませた日 | 休業手当が必要 | 休業手当が必要 |
実際のご相談でも、「コロナのときは払わなくてよかったはず」という記憶から、院の判断で休ませた日まで無給にしてしまうケースがあります。当時は「法律が休ませていた」から不要だった、と覚えておいてください。
本人が感染して休む場合は、通常の病気による欠勤と同じ扱いです。就業規則や賃金規程に「病気のときも給料を払う」という定めがなければ、法律上の支払い義務はありません。
厚生労働省のQ&Aでも、感染や発熱などで労働者が自主的に休む場合は、通常の病欠と同様に取り扱うとしています。
大人の職場について、「何日休まなければならない」という法律の決まりはありません。そのため多くの医療機関・介護施設では、子どもの出席停止の基準を目安にしています。
💡 よく目安にされる基準(学校の出席停止期間)
※あくまで学校保健安全法上の子どもの基準です。職場で使う場合は、院の判断として院内ルールに定めておく必要があります。
本人が希望すれば年休にできますが、院が一方的に年休に振り替えることはできません。年休はスタッフが請求した時季に与えるのが原則だからです。
「欠勤だと給料が減るから、年休にする?」と本人に聞いて、選んでもらう形にしましょう。年休の時季をめぐる考え方は、年休申請が集中したときの「時季変更権」のコラムでも解説しています。
はい、必要です。院の判断で休ませた日は、労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由による休業」にあたり、平均賃金の60%以上の休業手当を支払います。
厚生労働省のQ&Aでも、発熱などの症状があることのみを理由に一律に休ませるような場合は、休業手当の支払いが必要としています。
医療機関や介護施設には、体力の落ちた患者さんや高齢の利用者さんがいます。院内感染を防ぐため、「微熱でも休み」「家族が感染したら数日休み」と、一般企業より広い出勤停止ルールを設けるのは当然の判断です。
ただ、正直に申し上げると、ここで院長先生がよくつまずきます。ルールが広いほど「院の判断で休ませた日」も増え、そのぶん休業手当の対象も広がるのです。感染対策としては正しくても、給料の扱いまで決めていないと、あとでスタッフとの行き違いになります。
医師の療養期間が終わったあとも、院のルールで追加で休ませた日は、その追加分だけが休業手当の対象になります。
たとえば、医師の判断では5日で出勤可能だったのに、院のルールで7日目まで休ませた場合、6日目と7日目が休業手当の対象です。1〜5日目は本人の病欠として扱います。受診結果や医師の指示を記録しておくと、この線引きがはっきりします。
本人が元気なら、法律上は出勤してもらって問題ありません。5類移行後は、濃厚接触者として外出を控えるよう法律で求められることもなくなりました。
一方で、院が「家族が感染したら3日間は休み」と決めて休ませるなら、それは院の判断による休業です。休業手当の対象になります。
スタッフ自身が「子どもの看病で休みたい」と申し出る場合は別です。この場合は本人の都合による欠勤(または年休)として扱えます。「休ませた」のか「休みたいと言われた」のかを、その都度はっきりさせておくことが大切です。
帰らせて問題ありません。むしろ、医療機関・介護施設では帰らせるべき場面です。
使用者には、スタッフが安全に働けるよう配慮する義務があります(労働契約法5条)。感染しているスタッフをそのまま働かせれば、ほかのスタッフに広がるおそれがありますし、患者さんや利用者さんにうつせば医院の信頼にも関わります。
「本人がいいと言っているから」で働かせるのは、院にとっても本人にとってもリスクです。院長先生の判断で帰らせてください。
高熱やせきなどで、看護師なら看護業務、歯科衛生士なら診療補助、受付なら患者対応といった本来の仕事ができない状態なら、その日の給料や休業手当は原則として不要です。契約どおりの仕事ができる状態で出勤してきたとは言えないからです。
ただし最高裁の判例(片山組事件・最高裁第一小法廷平成10年4月9日判決)は、病気で一部の仕事ができなくても、ほかに配置できる業務があるかを検討せずに「働けていない」と決めつけることはできない、としています。
とはいえ医院では、患者さんやスタッフと接しない仕事はほとんどありません。「感染させずにできる仕事が現実にない」ことを確認したうえで帰らせる、という順番を意識しておけば十分です。
⚠️ 症状が軽いのに帰らせた日は要注意
熱もなく、普段どおり働ける状態なのに「念のため」で帰らせた場合は、院の判断による休業です。この日は休業手当の対象になりえます。帰らせたときの体温や症状を簡単に記録しておくと、あとで判断に迷いません。
無給の病欠が続くと、スタッフの収入は減ります。そこで頼りになるのが健康保険の傷病手当金ですが、医療機関には特有の落とし穴があります。
協会けんぽや健康保険組合に加入しているスタッフは、病気で連続3日間休んだあと(待期期間)、4日目から傷病手当金を受け取れます。金額はおおむね給料の3分の2です。インフルエンザで5日以上休めば、対象になる可能性があります。
クリニックや歯科医院では、スタッフが医師国保や歯科医師国保(国民健康保険組合)に加入していることがよくあります。国民健康保険組合の傷病手当金は法律上「任意給付」で、組合によって制度がなかったり、条件が違ったりします(国民健康保険法58条2項)。
つまり、協会けんぽの感覚で「傷病手当金があるから大丈夫」と思っていると、実は何も出ず、欠勤した分の収入がゼロになることがあるのです。これが「無理してでも出勤する」理由のひとつになっているケースも、実際のご相談で見かけます。
💡 流行期の前に確認しておきたいこと
自院のスタッフが加入している国保組合に、傷病手当金があるか、あるならどんな条件か。組合の案内や規約で一度確認しておくと、スタッフへの説明もスムーズです。
| 場面 | ❌ NG対応 | ✅ OK対応 |
|---|---|---|
| 本人が感染して休んだ | 院が勝手に年休に振り替える | 欠勤か年休か、本人に選んでもらう |
| 微熱だけで休ませた | 「コロナのときと同じ」と無給にする | 院の判断なので休業手当を支払う |
| 家族が感染した | 院が休ませたのに欠勤扱いにする | 「休ませた」なら休業手当、「休みたい」なら欠勤か年休 |
| 高熱なのに出てきた | 「本人がいいなら」と働かせる | 帰宅させ、症状を記録しておく |
| 医師の療養期間後も休ませた | 全日を病欠にする | 上乗せした日だけ休業手当を支払う |
ポイントは、「休ませる基準」と「休んだときのお金」をセットで決めておくことです。最低限、次の4つを整えておくと安心です。
✅ 決めておきたい4つのこと
スタッフが無理に出てくるのは、多くの場合「給料が減る」「みんなに迷惑をかける」という気持ちからです。注意するだけでは、なかなか止まりません。
たとえば、年数日の有給の病気休暇(特別休暇)を設ける、国保組合に傷病手当金がない場合の扱いを決めておく、といった工夫があります。休んでも生活が困らない仕組みがあると、スタッフは安心して休めます。これは結果的に、院内感染を防ぐいちばんの近道でもあります。
冬の感染症は、毎年必ずやってきます。そのたびに院長先生が「この人は払う?払わない?」と悩むのは、本当にもったいないことです。
基準とお金の扱いを先に決めておけば、当日は迷わず「今日は休んで、ゆっくり治してね」と言えます。スタッフが安心して休めることは、患者さんや利用者さんを守ることにもつながります。流行が本格化する前の今こそ、院内ルールを見直すチャンスです。
| ケース | 給料の扱い |
|---|---|
| 本人が感染し、本人・医師の判断で休む | 通常の病欠(支払い義務なし)。年休は本人が希望すれば可 |
| 微熱だけ・家族の感染などで院が休ませる | 休業手当(平均賃金の60%以上) |
| 医師の療養期間を超えて院が休ませる | 上乗せした日だけ休業手当 |
| 本来の仕事ができない状態で出勤してきた | 帰宅させてよい。原則、給料・休業手当は不要 |
| 症状が軽いのに念のため帰らせた | 休業手当の対象になりうる |
本人が感染して休む場合は通常の病欠と同じで、就業規則などに定めがなければ支払い義務はありません。ただし、院の判断で休ませた日は休業手当が必要です。
院が一方的に年休に振り替えることはできません。本人が希望した場合に年休として扱います。
平均賃金の60%以上です(労働基準法26条)。平均賃金は、原則として直前3か月の賃金総額をその期間の暦日数で割って計算します。
休ませることはできますが、院の判断による休業なので休業手当が必要です。本人から「看病で休みたい」と申し出があった場合は、欠勤か年休として扱えます。
帰らせて問題ありません。ほかのスタッフや患者さんへの感染を防ぐのは使用者の義務です。本来の仕事ができない状態なら、その日の給料は原則不要です。症状が軽いのに念のため帰らせた場合は、休業手当の対象になりえます。
国民健康保険組合の傷病手当金は任意給付のため、組合によって制度の有無や条件が異なります。加入している組合の案内で確認してください。
「うちの出勤停止ルール、給料の扱いまで決めていなかった」「病気休暇を作りたいけど、どう設計すればいいか分からない」「スタッフの国保組合に傷病手当金があるか不安」
そんなお悩みがあれば、ぜひTOMOE社会保険労務士事務所にご相談ください。栃木県小山市を拠点に、クリニック・歯科医院・薬局などの医療機関や介護施設の労務課題に数多く対応してきた実績があります。感染症流行時の院内ルールづくりから、就業規則・賃金規程への反映まで、貴院の実情に合わせて丁寧に伴走させていただきます。
流行が本格化する前の準備が、いちばんの安心材料です。
※本記事は2026年10月時点の情報をもとに作成しています。最新の情報は厚生労働省ホームページをご確認ください。個別の事情により判断が異なる場合がありますので、具体的な対応は専門家にご相談ください。